電験合格からやりたい仕事に就く

電験・仕事・電気資格情報を配信

「課長が電験ブログ見てますよ」という連絡を受けて

電験シーズンの山を越えた。

だが、電験の二次試験を控える人、来年の電験3種2種を受験する人は動き出す時期でもある。

 

自分は今、大きな動き出しをしている。

「相談の場」

というメインテーマを基に電験を攻略していく。

 

「電験マガジン」だ。

 

分からない所を即解消できるメリットは勿論のこと、知識の抜けは防止できる。さらには時期を見計らい、電験の過去問解きを配信する。

また、攻略の裏側を話すことで共に点を取ることも狙いの一つだ。

 

さらには「電験合格者」に的を絞った体験談を共有している。自分に似たタイプを探すというコンセプトでも良いが、自分が好きなタイプに合わせにいくというのもまた良しだろう。

 

昨日は電験1種ホルダーの超天才(パワエレ&対象座標法を真正面から倒す男)と電験2種ホルダーの超秀才(今年恐らく電験1種を取る男)との再会を切り口に話をまとめた。

 

懐かしみを噛みしめる集まりでもあったが、当然、この3人が話すことは「電験」でしかない。

 

本屋の一角で超高度な話を繰り広げ、それこそ、巷の講師などが仕事で何となくこなしているようなレベルの次元ではない話をした。

 

それだけで電験2種には合格できると言ってしまっても良いのだが、経験上、合う合わないは必ず発生する。

人間は十人十色だからだ。

※自分はここのケアが上手いと自己分析している。(というより、そうありたいと頑張っている)

 

と熱く語ってしまったが、勉強を頑張りたい人を待っている。困ったら活用してもらえればと思う。今日は二人加入があり、さっそく相談があった。本質を突く質問であり、読んでいてかなり面白い内容になるだろう。


楽しみすぎる!

このnoteの使い方は斬新で、note株式会社も驚くだろう!!

当然頂いた購読費やサポートはこれまでと変わらず困った人を助ける為に使う。

 

・・・

 

 

・・・・もう終わっても良いのだが課長の話をしよう。

 

 

課長が「電験合格からやりたい仕事に就く」を見ているという報告

知人から「裕介さん、課長が記事読んでますよ!」といった連絡が入った。

 

今年の6月くらいなら、豪鬼やリュウ(作品:ストリートファイター)の如く、殺意の波動が漲っていただろう。

「貴様のせいで両家の家族や親族を含めてどれほどの・・・」

とか

「時給700円のパートで自分を大学まで進学させてくれた母の努力を・・・」

とか

「自慢に思っていた亡くなった祖父の想いを・・・」

とか

「せっかくの仲間を。運転員の環境を・・・」

といった感情で、とてつもない仕返しをしたいなどと思っていた。

 

それこそ、宮本武蔵に吉岡清十郎と吉岡伝七郎を殺害された吉岡一門のように

「貴殿の仇討ちだけに生きることになるだろう」

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と告げ、行動に移しそうにもなった。

 

※この記事も課長は見ていると思うが、親族一族は許していないから覚悟した方がいい。現代の企業は市民の声で企業活動が止まる可能性がある。実際に地域の反対で事業は停止したり、環境問題が引き金で撤退の実例は沢山ある。

自分だけに留まらず、20代の若い人間を無碍し深い心の傷を負わせたことは広く伝わっている。想像以上に多くの人と力と地位のある人達に伝わっている。それらは必ず大きな反対派となるだろう。「恨みつらみ」というのは戦国時代、もっと前から存在していて現代にまでその重要性は伝わっている。「電験なんて楽勝」と部下のやる気を下げている場合ではない。自分より優秀な若い人間は大手企業で力をつけているし、着火し燃え広がった炎はなかなか消えない。課長には子供がいるがその代に影響が出る可能性がある。世の中は意外と狭い。もう無事には済まないだろう。

 

自分は人間がそこまでできていないので完全には火消しできていない。

だが、明らかに変わりつつある。

殺意の波動はかなり消えつつある。

 

Twitterで高野さんという仲間から「桜庭裕介さんは電験という特技を活かして生きて欲しい」というメッセージを貰ったことが大きい。

「頑張る姿は誰かの役に立つ」というメッセージも嬉しかった。

 

電験に挑戦する人間というのは様々なものと戦わないといけない。戦わずとも共存しなければいけなかったりする。

時に職場、上司、同僚、家族、周囲の環境。

 

この記事で一番に伝えたいのはここに対してである。

どう整理をつけて自分の成長を助けてやるかを共有したい。

生活が乱れた状態で勉強など絶対にできないからだ。

 

自分の心の在り方が全てを決める

最近よく思うのが「心の在り方」だ。

 

この境地に達することができたのは
「電験に向かい続けたこと」
「仕事を頑張り続けてきたこと」
「人に感謝するようになったこと」
「勉強を教えた人が合格し、その数が増えてきたこと」
「連載記事を持ったこと」
「仕事をもらえるようになったこと」

 

様々な成長があった末だと思う。

 

心の在り方がなんだ?と思っていた時期は当然あった。能力さえあれば一番でしょ!的な考え方をしていたとも言える。終いには

ここの仕事なんてどうでもいい

本質が見えていない組織集団だよな 

バカな上司が多いよな 

だが、負のオーラでなく、良い心を持った上での改善の中心になろうとせず、こんな考え方をしていたからこそ

「異質な課長(自分に似た)を自分のそばに呼び寄せてしまった」

と今は確実に思う。

事実、「似たような人間だから合いそう、上手くやりそうだよね」と考えられて、そして「専門が電気」だからと人事配置が行われてしまっていた。

 

偶然ではなく、きちんとした巡り合わせなのだ。

 

あらゆる面で不便だった職場も「自分」が選択した結果だし

 

退職を決めた日には協力性のない仲間がほとんど周りにいてしまったことも「自分」の行動の結果である。

床のゴミも拾わず、コピー機のトナーが切れていても交換せず、紙も補充しないそんな人間もまた自分であったように思える。

 

全て「自分」に因果があったと今は思える。

 

頑張ると決めて日常が変わった

相も変わらず、課長は毎日に不満をもらし昔起こった話を何度も発言していることだろう。

周囲には似たような人間が渦巻いているはずだ。定年退職まで不満をもらし、最後は無残な去り方をするだろう。

 

一方、自分は環境を完全に変えた。

「本当にやりたいこと」

を考え抜いて、それ中心の生活に再設計した。

生活にかかる費用を徹底的に下げた。朝食と昼食は100円以下にできた。(会社員は昼飯にかかるコストを下げた方が絶対にいい話。

月額2万円以上かかっていたコストが5千円以下となった。

 

価値感も含めて、本当に必要なモノを整理したのである。

甚平、PC、電験関係道具、机、会社から貰った椅子、カバン、携帯に生活家電があれば良くなった。(本当は実家に帰りたい)

 

さらに変化が起こって、ゴミも拾うようになったし、地域のボランティアにも参加するようになった。子供も好きになった。どこかに出掛けた際は困っている人がいたら手を差し伸べるようにした。

 

当たり前のことなんだけども。

 

そしたら、面白いことに

自分が困っている時に助けてもらえるようになった。

 

笑っている時間がとても増えた。

 

さらに仕事に関して言えば「自分の命」と見立てて泥臭くとも頑張ることにした。

その結果、周囲には温かい人が集まるようになった。

男ばかりで汗臭いけども。

 

電験に関して言えば、note株式会社からプロジェクトの承認が即日貰えて応援までしてもらった。

 

短期間では解消できない環境

色々な仕事をする中で「仕方がない」と勝手に解釈して、仕事で敵対する人を深く傷つけてきた。

他にやり方はあったのに。

そういった蓄積があって、自分は退職に至るまでの原因となる「課長」という存在に出会い、めちゃくちゃな環境に居ついてしまった。

 

これは年単位で積み上げてきた罪、心のねじ曲がりから生じた事象であることから短期間で解消などできない。

そんな虫の良い話はない。

 

もし、こんな環境にいて変えたいなら、大きく変える行動をしよう。

 

余程大きな行動でなくては積年の膿みで固まった環境は変化しないだろう。

 

例えば

・本気で別の部署に行きたいとお願いする

・まったく違う部門も見させてもらう(本気で頼み込めば社員なら行ける)

・本気で無理だと上司に言い、仕事を軽減してもらう

 

これを全部やってから退職の検討に入ると良いだろう。検討に入る旨を伝えたって良い。

 

自分の場合、そもそも元の会社を本気で大切だと思っていなかった。根本にズレがあったので「転勤したくもないし海外出張もしたくない。本店にも行きたくない」となる。そもそも適合してなくて入社時からズレていたのだ。

ズレているから仕事も斜に構えるようになってしまう。リーダーになろうともしない。

 

人間、本気でやりてぇ!!という仕事であれば、誰もがリーダーになろうとする。というより、リーダーという形なんかに拘ろうとせずに意見したり会議にも出ていくのだ。

「ああしたい」「こうしたい」という思いが必ず出てくる。

 

好きなことをしているとそうなる。

そして、感謝のメッセージを貰えたりする。

 

 

まとめ

「心の在り方が自分の環境を作っているのではないか??」

 

こんなことを最近思うようになった。

本気で願えば環境が変わることを実感してから色々変わりつつあるからだ。

 

そして、一冊の本に出会った。

「稲盛和夫氏著」の「心。」だ。

 

前半部分しか読んでいないが、自分が記事で書いたこととほぼ同じことが書いてあってびっくりした。

稲盛氏は京セラの創立者であり、KDDIで活躍もし、JAL再建を頼まれて成し遂げた人である。

 

で、ここで何が言いたいかというと「凄い人の考え方に似てきた!!!」ではない。

 

考え方や捉え方が変わっただけで「本との出会い方すら変わってしまった」ということ。

昔は確実に「こんな本、いらね!」「精神なんて実力のない人間の考えること」「経営者なんてクソ」などと課長のように小バカにしていただろう。

 

「youtubeでのオススメ動画が個人個人でカスタマイズされ違うように出会う本も変化する」という現実は認識しておかないといけない。

 

この体験は「重要である仕事や生活が、心の持ち方で如何に変わってしまうかを示唆している」と言えるだろう。

 

「めちゃくちゃな職場にいる自分」もまた自分が作ったとも言えてしまう。

 

ここに今日書いた事は極めて重要だと自分は思っている。また自身が進化を遂げたら書いてみようと思う。

 

何が見えるか楽しみだ。

 

※ちなみに稲盛氏の「フィロソフィ」という会社の立て直しの思想は宗教と揶揄されたりもするが、読んでいる感想としては一つの考え方として持っておくのは良いことだろうなと感じている。引出の一つとして使えるだろう。購入を考えている人はAmazonの口コミはよく見ておいた方がいい。

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